• クンステンのための「地面と床」ノート0509

    • 2013/05/09
    • 岡田利規

    幽霊の出てくる音楽劇

    『地面と床』は音楽劇。音楽と劇というオーソドックスな要素から構成される、ある意味とても単純なパフォーマンスです。
    今回わたしたちは、舞台という時間/場所を音楽と劇とでシェアすることーーこれがわたしたちなりの、音楽劇の定義ですーー、このシェアっぷりをできるだけ驚くべきものとすること、できるだけはっきりとそれを観客に提示すること、をめざしました。言葉にするととてもシンプル。でも実現はえらく難しい。
    この挑戦のために組むミュージシャンは、わたしたちにはサンガツ以外、考えられませんでした。全幅の信頼を置くことのできるこのバンドにはこれまでも何度か、チェルフィッチュの作品の音楽を製作してもらっています。関係の蓄積があることも大きいのでしょうが、サンガツとは、深いレベルの話がなんだかすんなりと通じます。考え方、目指しているものに、似ているところが多いのでしょうか。共鳴を起こしやすいのです。

    音楽は、時間と空間とを意識させ共有させる触媒として、うってつけのものです。今回、音楽劇をつくろうとおもった主な理由のありかも、結局のところ、そこなのです。
    音楽のこの効果を最大限に生かせるか否かは、役者が舞台という時間/場所で、音楽というルームメイトとの上首尾なシェアをできるかどうか、にかかっています。単に両方の要素が存在しているというだけでは、両者のシェアリングが実現されていることにはなりません。音楽の情緒やリズムといった側面に影響を受けすぎてしまっているパフォーマンスでは、両者の関係は表面的なものになってしまいます。反対に、撹拌していないサラダ・ドレッシングのような感じで、音楽とパフォーマンスが別レイヤーで棲み分けしてしまっていてもーーそうすることは、とっても簡単ですがーーおもしろくありません。それでは、劇場空間がいかに豊かにサンガツのサウンドにつつまれようとも、真にヤバい何か、が到来することはないのです。

    音楽と劇との関係にとってーーかつこの作品にとってもーー重要なことは、まずは役者が音を聴いていることです。そして、パフォーマンスと音楽のあいだで起こる相互フィードバックをはっきりと意識しながらそれぞれをつくり上げていくことです。そうすることで、役者が発する言葉、のみならず身体の存在そのものが、音楽と同一のレイヤー上に置かれる道がひらかれます。そして、両者の対等なシェアリングが実現する道もひらかれるのです。これはシンプルなことだけれども、当たり前のことではありません。ましてや、容易なことではありません。
    たとえば、『地面と床』には、幽霊が登場します。役者という生身の人間が幽霊になるというのも、結局のところ、そういった小さな変化の果てに成立するイベントなのです。

    音楽劇を劇と音楽の対等なシェアリングの様相としてとらえるアイデアは、別にそれ自体、新しくもなんともないものです。昔々から行われていることであり、たとえば日本には、能というスタイルがあります。『地面と床』は能のスタイルを、ある程度参照しています。『地面と床』には幽霊が出てくる、とはすでに述べましたが、能が幽霊によって演じられる演劇であるというのは、みなさんもご存じの通りです。

    二〇一一年に日本で起きた地震と、それが引き起こした日本社会への影響は、わたしに大きく及んだままです。この作品で、死者と生者の関係を扱っていることも、全然無関係なものではありません。死者との関係について、考えないわけにいかなくなってしまったのです。
    わたしが受けた影響は、むろんそれにとどまりません。震災がもたらしたさまざまな不安は、わたしからまだちっとも消えていません。生命への不安。社会への不安。政治への不安。日本への不安。そのことをわたしはこの作品の中に、ねっとりと刻みつけてしまっています。
    死者と生者の利害が対立する事態を見つめるために、この作品をつくりました。双方の利害関係の調整のために、もっと多大な〈外交的努力〉が払われるべきではないか、なんてことを最近ときどき思うのです。わたしたちはその努力を、ずいぶん怠っている気がします。

    ここ一、二年で、わたしたちの主な関心は、演劇の新しい形式を探求することから、演劇というハードウェアーーこの、古来からある文化的テクノロジーーーの有効性を現代化することへと移行しました。この二つはそんなに大きく違うことではないようでいて、しかし考え方の根幹において、まるきり異なるものです。演劇を新しい/古いという軸で判断することから、急に自由になってしまったわたしですが、これも、震災とそれ以降の状況がわたしに引き起こした作用のひとつなのです。

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