• ネゲーション、ネゴシエーション、スーパーポジション
    外界との「つきあい」を思案する演劇 (2/2)

    • 2013/07/10
    • revue | 岩城京子

    こうした死者とのつきあいの他にも、ここでは様々な外界との関わり方が思案される。日本初演まえに多くは明かしたくないが、創作過程や事前告知だけからでもかなり明瞭に認められる例を二つほど挙げておく。一つは観客との、もう一つ音楽とのつきあいだ。
    世界初演にひと月ほど先立つ4月21日、チェルフィッチュは神奈川芸術劇場にて公開リハーサルを行った。これは主に役者のリハーサル状況を見てもらい、また岡田と音楽担当の小泉篤宏(サンガツ)との対話を聴いてもらうものであり、同時に劇団サイドからすれば、日本にいる観客とのつきあいかたを模索する試みでもあったように思う。岡田は自著『遡行—変形していくための演劇論』で、『現在地』を横浜で上演したときの緊張感を振り返り「すごくキツかった。横浜公演を終えて次の公演地の福岡に移動したときはまるで憑きものが落ちたような気さえしたくらいだった」と素直に明かしている。確かに震災後の混乱のさなか、あのような被災感情にダイレクトに踏み込む言葉を東京以北の場で発することには、ほとんどの人間が身構えただろう。

    同様に、『地面と床』の初日翌朝の取材でも岡田は「日本での公演に関してはまだ心配だし、ぜんぜんペンディングです」と語ってくれた。日本ではまだ人々の、震災後の現実とのつきあいかたが定まっていない。だからこそ、その定まらない状態を重なり合わせという手法を用いてそのまま提示してしまう本作を母国で上演することに、岡田は不安を感じるのだろう。以前の岡田は、本人のあずかり知らぬ事情で「ロスジェネ世代の代弁者」にまつりあげられていたがゆえに、彼の見解にシンパシーを感じるであろうことを見積もれるオーディエンスが一定数いた。だが震災後の岡田は決して、観客に対してそのような見積もりが取れない。つまりネゲーション(否定)される可能性が多分にあるからこそ、岡田とチェルフィッチュは今回、日本の観客と事前交渉しておく、というつきあいの緩衝材を設けたのだと思う。

    もうひとつ留意すべき大切な点は、音楽とのつきあいだ。本作は「ミュージカル・シアター」と銘打たれており、岡田とブロイは前述したブリュッセルの当日プログラムで、このタームを「音楽と演劇が、同じ空間と時間をシェアすること」と定義している。また現地でのリハーサルで、岡田は役者・山縣太一の「このドーンっていう音にはどう対処したらいいのか?」という問いに対して「ブツとブツとのぶつかりあいという意味では無関係じゃないけど、とりあえずは無視していい」と応答していた。これはどういうことか? まず言えることは、岡田はやはり適度な距離感を持ったうえで音楽という他者と接しろ、と役者に伝えていたのだと思う。音楽は役者の伴奏者でも、ツレアイでも、ましてや身内でもないのだ。さらに、ぶつかりあいはそこにあるけど無視してもいい、という指示出しの核心を抽出して考えを敷衍するなら、作家は音楽の存在を肯定しつつも表面的には否定してもいい、と告げていたのだと思う。だからこそ劇中、舞台上の役者たちは、サンガツにより作曲されるアンビエントミュージックに決して感情的に反応しない。幽霊の可視性/不可視性と同様、音楽という存在もここではスーパーポジションの状態で提示され、そこにあるものでありながら、同時に、ないものにもなり得る。そう遠くない未来の大地震をなんとなく予感させる地鳴りや、巨大津波を彷彿とさせる波音は、岡田の言葉を借りるなら、無関係じゃないけど無視してもいいのだ。

    最後に付け足すなら、冒頭でも述べたこの矛盾含みの外界との「つきあい」のモード、つまりスーパーポジションの状態は、妙に聞こえるかもしれないが、実は私という確固たる基点が定まっているからこそ表象可能な状態だといえる。キュビズム的な『三月の5日間』(2004)からコンバインペインティング的な『ゾウガメのソニックライフ』(2011)に至るまで、チェルフィッチュの過去作品では、程度の差こそあれ、「私」という一人称単数の主語があえてぼかされていた。言い換えるなら、どこまでが自分でどこからが外界か分からなかったのだ。だが震災以後の作品では、この私と私以外のあいだに明解な分断線が引かれている。岡田の想像する、あの日以後の日本では、「私」は「外界」との新たなつきあいを探る必要が出てきたのだ。もちろん、ベストなつきあいの答えは出されない。肯定と否定が重なり合わさった状態の現実をクレバーに表象するこの作品を見て、実際に、現実とのつきあいかたを決めるのは個々の観客だ。

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    岩城京子

    パフォーミングアーツ・ジャーナリスト。
    世界15国29都市で取材を行う。主な執筆先に、AERA、シアターガイド、新潮など。ローザス、ロメオ・カステルッチ、など来日公演プログラムへの寄稿も多数。ロンドン大学ゴールドスミス校演劇学部博士課程在籍。現在、東京とロンドンを拠点に和英両文で執筆活動を行う。

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