• 平成二十五年十一月四日

    • From : Toulouse

    朝六時四十五分に迎えの車がホテルに来ることになってる。六時半に始まる朝食ビュッフェにありつくために余裕を持って、早々とチェックアウトの手続きを済ませる。フロントの人に出発時刻が六時四五分で、と話していたら、六時半よりも五分弱ほど早く、ビュッフェをオープンしてくれた。そんな融通、まるで期待していなかったよ。ありがとう、助かったよ。
    マイクロバスが一台きて、それに全員乗り込み空港へ。

    まずは行きと同じエージアン航空で二時間弱かけてローマへ。ここで手荷物をいったんひきとり、トゥールーズ行きのアリタリア航空にまた預けなおす。でさらに二時間かけてトゥールーズへ着いてみると、手荷物として運んでいる舞台装置の一部で、僕ら内部的に「塚」と呼んでいるものがあるのだけれども、それが紛失した。空港にはトゥールーズの劇場、テアトル・ガロンヌ(建物がガロンヌ川に面しているのだ)のアシスタント・ディレクターのステファンが迎えに来てくれていた。いくら待っても出てこないものは出てこないし、こういうのは大抵翌日には在処がわかるものだから、ということで、なにかわかったらステファンに連絡がはいるように手筈をつけて、ホテルへ向かう。
    ホテルについてからステファンにこの界隈でおすすめのレストランとかビストロあるか聞いたら、レストランとビストロひとつずつ教えてくれた。で、夜、矢沢さんとご飯を食べに行く。さっき聞いたうちのレストランのほうに行こうと思い、教わった通りの道を歩いているつもりも、たどり着けない。そっちはあきらめてビストロの場所のほうへ行き先を切り替えてみたらこれはあっさり見つかった。で、食事しながら矢沢さんと何話したかというと、チェルフィッチュの今抱えているいくつかのわりと深刻な問題点について。役者の立場からの考えや気持ちを聞いた。

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  • 平成二十五年十一月五日

    • From : Toulouse

    朝イチの時点で「塚」の居場所に関する連絡は来ていない。乗り継ぎがあっても経由地での手荷物の引き取りはなくて、このまま最終目的地までお運びします、という場合でフタを開けてみたらお運びされていないじゃん、というケースなら想像できないことじゃないけれど、よりによって今回のようにローマで引き取りローマで再度預けたというケースで、こんなことに見舞われるとは。

    ホテルから劇場までは徒歩で十数分。十一時に劇場の楽屋でスカイプ。「シアターガイド」誌の取材。チェルフィッチュが取材してもらうの、なんでも三年半ぶりらしい。取材の途中で何度か楽屋に、劇場付きのスタッフが来て、取材に立ち会ってる黄木さんにフランス語で話しかけるのだけれど、フランス語のわからない人にむかって話しかけているという様子をまるで持たない気配で話すので、おもしろくてつい注意を奪われてインタビュアーの岩城京子さんの言ってること聞き逃しそうになってしまって、いけないいけない。
    ちょうど取材が終わったころ、仕込み作業にかかっている人たちも昼休憩に突入、現地のスタッフさんたち行きつけのビストロに行くというので僕もついていく。ここはいいお店だなあ。やっぱり地元の人についていくのがいちばんいい。それにしてもフランスはじゃがいもがうまい。どこでたべてもハズレがない。
    昼食後ホテルに戻って一休みしてから、また劇場の楽屋へ黄木さんと矢沢さんと三人でミーティング。きのう矢沢さんとご飯食べながら話したことをもう一度制作をまじえて話しなおすような場をもつ。
    そのミーティングを終え、またホテルに戻り、部屋で作業して、暗くなってきて、お腹がすいてきたのでホテルのそばにある、前回トゥールーズおとずれたときも使った記憶のある、中華料理の作り置きの持ち帰り専用のお店で買ってきて食べる。
    で、二十時前にまた劇場へいく。こんどは僕らの現場ではなく、ふたつあるシアターのうちのもうひとつのほうに。僕らと同じくあした初日を迎えるオペラのゲネプロにさそってもらったので、見に来た。矢沢さんと青柳さんも来た。ロビーや劇場の入り口扉のすぐ手前にあるカフェには、思いのほかたくさんの人が集まってる。ゲネプロにもかかわらず客席の優に半分以上は埋まっている。劇場の芸術監督ジャッキーに会えた。ハワユー?と言われたので、「塚」が見つかっていないことをのぞけばファインだと答えると、さっきそいつは無事見つかったって聞いたが、とのこと。あ、ほんとに? 今はじめて聞いたけど、よかった!!
    今夜見せてもらったオペラは《Crocodile trompeur》というカンパニーによる『ディドとエネアス』という演目だったのだけどこれがすばらしかった。まず役者がすごくて、オペラだから歌はもちろん歌うのだけどそれだけでなく彼らは楽器も演奏するし演技もたたずまいもいい感じだし身体も効くし笑いもとれる。作品はちっとも大上段ではなく、音楽の鳴っていない時間もたくさんあってなぜか探検隊コントみたいなことを異様に長くやったりしていた。ディドとエネアスが接吻する、という段取りのとき、二人が自分の歌声をそれぞれ目の前の相手役の口腔の中にぶつけて響かせ合う、なんていうちょっとすごい芸当もやっていた。音楽はフルオーケストラなんかではなくてもっと軽やかな編成で、ジャズっぽいというか、いや、それよりもっと、音が出ればなんでもいいよ、みたいな自由な感じ。フィッシェリ&ヴァイスの『ことの次第』的というかピタゴラスイッチ的というかなアナログ・オートマチックな感じの装置で音をだしたりもする。彼らはオペラ歌手っていうより、オペラも歌える多芸多才な役者さんっていうのが近い。フランスものの舞台をみてこんなにも感銘をうけたのは今は昔、世田谷パブリックシアターでフィリップ・ドゥクフレの『トリトン』をみて以来だな。
    たぶん彼らの出してるあの舞台上でのいい感じ、あれはクラウンの訓練をうけているんだろうなと思う。これは去年アメリカのフィラデルフィアのピッグ・アイロン・シアター・カンパニーと一緒に仕事をしたときに聞いたことなんだけど、クラウンというのは、別にピエロになるための練習ということではないんだそうで、観客とのインタラクションのしかたを手にいれるためにやる訓練なんだそうで、しかもインタラクションといっても客いじりってことじゃなくて、ただ舞台に突っ立っているだけでもそこが舞台である以上、観客とのインタラクションは不可避的に生じるしそこを扱う技術が要される、そういうことをさぐるために行う訓練が、クラウン、ってことのようなのだ。ピッグ・アイロンもフランスの演劇学校ルコックで勉強した人たちだから、クラウンの訓練を経ている。彼らのたたずまいを見ながらときどき、あ、これってクラウンの賜物ってことかと思うことがあったのだけど、この日もすごくそれを感じた。
    でも、これだけ感銘を受けたからといって、クラウンの訓練を日本でも、みたいには思わないな。だいたいそういうのは、せつない結果になってしまうし。ただし、この問題意識だけは使える。

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  • 平成二十五年十一月六日

    • From : Toulouse

    ここから先の日記は二週間以上日が経ってから書いているのでアバウトになります。無事に到着した塚とともに、昼すぎからリハーサル。二十時から『地面と床』トゥールーズ公演初日。ちょっとびっくりするくらい、観客の集中力が高かった。ベルリンの観客はそういうもの、というのを知ってたからもう驚かないのだけれども、あれ、トゥールーズもこんなだったっけ?

    終演後、ジャッキーが近寄ってきてくれる。彼は五月のブリュッセルでの初演を見てくれたのだけれども、死んだ母親の幽霊が出てくるこの芝居を見たその翌日、お母さんが亡くなられて急遽ブリュッセルを離れたのだった。そういうわけもあって彼にとってちょっと特別な芝居にこの『地面と床』はなっていると話してくれた。
    終演後レセプションがあるということで待つも、開始は『ディドとエネアス』が終演する二十三時すぎからということで、わりと待たされ、待ちきれずにメンバーの数人は帰る。僕はちょっと眠かったりしつつも、帰るわけにいかない。今回のツアーのついに最終地に来て、そこでの初日がこうして無事にあけて、ふっとなんか、抜けたものはあった。

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  • 平成二十五年十一月七日

    • From : Toulouse

    もうすぐツアーも終わりだなあと意識しはじめたら、疲れを感じるようになってしまった。だから確かこの日の日中はずっとぐったりしていた。

    夕方から一時間リハーサル。二十時から『地面と床』トゥールーズ公演二日目。今日も観客のとてもいい集中力の前で芝居ができた。
    終演後、呼んでいたタクシーに乗って、照明の大平とふたりできのうジャッキーに聞いたおすすめのフランス料理のレストランへ。テーブルは五、六個だけの小さなお店で、四十過ぎのおっさんふたりで丁寧な料理に舌鼓。途中別のテーブルに、サプライズ的にケーキが運ばれてくる。そのなかの一人がお誕生日みたい。で、みんなであの歌を歌う。歌詞は「ハッピバースデートゥーユー」という英語じゃなく「ボーナニーベーセールー」っていうフランス語だった。

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  • 平成二十五年十一月八日

    • From : Toulouse

    朝、ホテルのフロント前のソファが置いてある小さなスペースで、太一と長く話す。チェルフィッチュの抱えている問題は、たくさんあって、とにかくこれをすこしずつでもよくしていくように、すぐにもとりくんでいかないといけない。あしたのリハーサル前に、全体でミーティングをすることになった。

    夕方から一時間リハーサル。二十時から『地面と床』トゥールーズ公演三日目。今日は終演後、アフタートークがあった。最初の質問者がおそらくトゥールーズ在住の、中国人の女性で、日本では今中国のことをどのように見ているのか、とのっけからぴりっとするようなこと訊いてくれた。そのあとのどの質問もおもしろかった。三〇分の予定だったのに、たくさん質問が出たので一時間半くらいになった。終わったあと、通訳してくれた方、そのお友達で、やはりトゥールーズに住んでいるスロバキア人の女性、エアバスに勤める日本語の堪能なフランス人の男性らと劇場のカフェでおしゃべり。エアバスの方は二年前にも見に来てくれた方だった。顔をみてすぐ思いだした。
    トゥールーズ一帯にはオック語というマイナー言語があるということを、このとき教えてもらった。オック語はフランスの近代化のなかで迫害を受けたけれども、最近はある種の観光資源という観点からも保護されるようになってきていて、地下鉄のアナウンスなんかも、フランス語のあとにオック語が続くらしい。有名な人でいうと画家のモネはオック語の話者だったらしい。

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  • 平成二十五年十一月九日

    • From : Toulouse

    午前中のうちにホテルを出て、市場のほうへぶらぶら歩く。公園なんかの標示には、確かにフランス語以外のもうひとつの言葉が書かれていて、つまりこれがオック語なんだろうな。
    先週いたのがアテネだったから、ギャップも大きく感じられるのだろうけど、トゥールーズは豊かな街だとつくづく思う。それはエアバスの本拠地だからなのだ。日本語でいうところの企業城下町なのだ。文化芸術にもエアバスはお金を出している、だから観客が育つ。そしてそういう街の集中力ある「質の高い」お客さんの前で芝居をするのは、気持ちがいい。でも、エアバスの業績が将来傾くことがあったら、どうなるか。。。

    市場でお土産にチーズとかを買って、ホテルに戻る途中でふと思い立って、このあいだ教えてもらったトゥールーズのおいしい日本食レストランのうちのひとつ solaneko に行ってみる。そしたら偶然、ジャッキーがいて、奥さんや友人たちといっしょにお昼を食べていた。そのテーブルにまぜてもらう。日本食といっても寿司とか天ぷらとかではなくて、今日の定職は鶏の唐揚げか鯖のフライのどちらか。だから食べたいと思った。僕は鯖にした。玄米ご飯のお米は、フランスのタマルグ湿原というところでとれるお米なのだそう。とてもおいしい。こういう日本食なら、外国でも食べたい。お店のかた、日本人のともこさんとお話ししてみると、なんと今夜芝居を見に来てくれるとのこと。
    リハーサルの前にミーティング。『地面と床』というプロジェクトが現状かかえている問題点とか、来年以降のこの芝居のツアーの見通しなど。
    そのあとリハーサル。二十時から『地面と床』トゥールーズ公演四日目にして、千秋楽にして、この秋のツアー全体の千秋楽。大仰に「千穐楽」って書きたいくらいだ。で、つつがなく終了。ほんとうにおつかれさまー。

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