• 平成二十五年十月十六日

    • From : 光州

    仁川に着いたのが韓国時間の午後三時で、そこから成田エクスプレス的な、ソウル市街地まで行く空港鉄道に乗って、市街地より手前の金浦空港駅まで。三十分くらいしかかからないから、その点は成田と羽田のあいだの移動よりも便利。飛行機が金浦を発ったのが六時で、七時前には光州空港に着いた。

    光州には再来年、アジアン・カルチュラル・コンプレックスという巨大な複合施設がオープンする。アジアの芸術のハブ(中枢)を担うことを目的とした施設で、そのパフォーミング・アーツ関係のディレクターに就任したのが、毎年春にソウルで開かれているフェスティバル・ボムのディレクターを今年まで務めていた、キム・ソンヒさん。彼女はボムのディレクターを退任し、この新しいポジションにつき、文字通りにとらえれば、アジアのパフォーミング・アーツの中心人物になった。で、僕が今回光州に来たのは、彼女が企画したフォーラムに参加するため。一種のプレ・イベント。僕はレクチャーをする予定になっている。別の書き物にとりかかっていたから、レクチャーのための準備は、出発の前日の夜からはじめて、飛行機の中でもやっていた。
    光州の空港には、フォーラムの運営スタッフをしている若者(キム・ソンヒさんは美大の先生をやってもいて、そこの学生)が迎えに来てくれていた。その車に乗って、連れて行ってもらったのは、カジュアルなイタリアン食堂で、そこで彼女とうちのプロデューサーの中村(同じくこのフォーラムに呼ばれていた)が一緒にご飯たべていて、そこに合流。実はまだレクチャーの原稿ができていなくて、、、というとそんな深刻に考えなくてもいいよ、カジュアルなフォーラムだから、とか言われて、なんだ、そうなの? と一気に気が楽になったというか拍子抜けというか。それで、今どういうことをやっていて、今後どういうことをやる予定があって、という話をひとしきりする。ソンヒさんから聞いてものすごくおもしろかったのは、ヨーロッパのどこかでジェローム・ベルを見て、その時点でベルはすでにかなり有名だったんだけど、彼女はそんなこと知らなくて、この人はおもしろい、知られていないがすごく才能ある、と思って、舞台を見た翌日くらいに、韓国に呼びたいっていきなりメールして、その後もさまざまな、彼が相当売れてるアーティストだってことを知らないという意味でのとんちんかんなメールをして、でもベルはそういう彼女のことをすごく気に入って、それで数年後、ベルがフランスの文化省かどこかから賞をもらうことになったとき、彼はフランスにいなくて、でもソンヒがたまたまパリにいたから、急きょ彼女が代理で賞を受け取ることになって、でもそれは急に頼まれたことだったから、フォーマルな服装なんて持ってきてなくて、しかたなくフード付きパーカ、みたいな適当な格好で授賞式に行って、いろんな意味で超場違いだった、、、ていう話。そんなふうにキム・ソンヒはとてもおもしろくてパワフルな人だ。彼女がアジアン・カルチュラル・コンプレックスのディレクターになったことは、アジアにとって、わくわくすることなのです。
    ホテルにチェックインする。時差ぼけもあって眠くないので、気楽になったとはいえ、レクチャーの準備をもう少しする。超おおまかな構成はできたので、床につく。

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  • 平成二十五年十月十七日

    • From : 光州

    ホテルの朝食ビュッフェに白飯やキムチや味噌汁があることがもたらす歓びは、今パリにいる人びとに対して申し訳ないほどである。九時二十分に迎えの車がホテルにくる。そこから三十分弱かけて、フォーラムの会場まで。

    フォーラムが僕のために通訳を用意してくれているのは知っていたけど、それがイ・ホンイさんだとは知らなかった。ソウルから日帰りで光州に来てくれた。イ・ホンイさんには今年の三月にソウルのドゥサン・アート・センターで(フェスティバル・ボムの参加作品として)『現在地』をやったときも、通訳と字幕のオペレートでお世話になった。今は現在上演中の『カメルギ』というプロダクションに通訳としてかかわっているところとのこと。『カメルギ』というのは多田淳之介さんが演出をしてる、僕は見れていないのでうろおぼえなのだけど確かチェーホフの『かもめ』を、日帝植民地時代の朝鮮の話に翻案した芝居。これをいまやっているのもドゥサン・アート・センター。この芝居の作者のソン・ギウンさんにも僕はなにかとお世話になってる。『三月の5日間』のソウルでのリーディングの演出をしてくれたこともあるし、ワークショップの通訳してくれたこともあるし。
    十時からフォーラムが開始。聴講者のための椅子がふかぶかとしていたりして、確かにカジュアル。僕のレクチャーは十五時からで、最後のプログラムなので、出番はまだまだ先。
    このフォーラムは前々日から開催されていて、今日が三日目で最終日。中村はきのうまで参加していて今朝方日本に帰った。《Time Diver, Thinking Now!》というのがフォーラム全体のタイトル。再来年にむけてビジョンをプランニングするためのフォーラムだと、パンフレットには書いてあった。
    この日の最初は、韓国の女性国劇についてのレクチャー。女性国劇というのは、キーセンという朝鮮における芸者みたいな女の人たちがはじめた、女性だけで演じられる劇、つまり宝塚みたいなやつで、発表者の siren eun young jung さん(カタカナでなんて書けばいいのか僕ではわかりません)が、今年のフェスティバル・ボムで発表した女性国劇をテーマにした作品をつくる際のリサーチの話なんかが聞けた。すごくおもしろかったのは、ある一枚の写真を見せてくれたとき。一見ふつうの結婚式の写真なんだけど、実はこれはダミーの結婚式。ある人気男役スターの大ファンだった女の人が頼んで、その役者と結婚式の体で記念写真をとってもらったものなのだという、つまり、新郎は女性。新婦(役)のこの女性は、実人生においてふつうの結婚もしていた人なのだそうだけれど、後生大事にしていたのはこの写真で、亡くなったときに傍らにあったのも、実人生のではなくて、このダミー結婚式の写真だったのだそうだ。
    その次は、アン・シワンさんという映画批評家の、『トロピカル・マラディ』というアピチャートポン・ウィーラセータクンの映画の解読。とにかく、この映画が見たくなってしまった。『ブンミおじさんの森』しか見たことが、まだない。で僕はこの日ホテルに戻ってから、インターネットで『トロピカル・マラディ』のDVD売ってるサイト見つけてポチることになる。
    お昼ご飯をはさんで、午後イチは、ネイティブ・アメリカンのコミュニティのなかに入り込みながら彼らの写真を撮っている人の話。それから、今年のフェスティバル・ボムに出品された『ストレンジャー』ってビデオ作品の上映があった。『ストレンジャー』は、昔自分が子供の頃とか住んでいた家やアパートに今どんな人が住んでいるのかを見に押しかけていく、っていうコンセプトで作れられてる。中に入るのを拒否される場合も当然多々あって、でもときどき入れてもらえたりして、入ったら入ったでそこの住人の家族事情に立ち入って、娘と仲良くしたいお父さんとお父さんうざいと思ってる娘の関係の改善のためにお節介なアドバイスをしたり、というようなかなり笑える作品だった。
    僕はレクチャーで、かいつまんで言えば、一昨年の震災を経験して自分に個人として、また演劇をつくる者としてどのような考え方の変化が起こったか、という話をした。そして、今回のフォーラムのテーマのひとつは、アジアにおけるコンテンポラリー・アートとは、といったことですが、僕はいま、コンテンポラリー・アートとはなにか、というような問題にはほとんど取り組んでいない、単に、現代の(主に日本の)観客の前にどのような問いとか、問いのうまれるきっかけとかを置きたいか、という問題に取り組んでいるだけなんです、みたいなことを言ってしめくくった。
    終了後、会場内の中庭で、バーベキューで打ち上げ。たくさんの参加者と話すことができた。今回のフォーラムに参加するためにわざわざパリから来た、その甲斐は超あった。一日中通訳するってものすごく疲れることのはずだけど、イ・ホンイさんは僕のレクチャーをすばらしい仕方で訳してくれた(聞いてくれてた人がみんなそう言ってた)。というわけで、とても満足して床につく。

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  • 平成二十五年十月十八日

    • From : 光州

    ホテルから光州空港まではタクシーで十分もかからなかった。そこから金浦へ。そこからは鉄道で仁川へ。仁川の免税店でキムチと韓国海苔をそれなりにごっそりと買う。パリにいる人たちへのお土産。ヨーロッパにいる日本人たちにこういうのあげるほうが、たとえば日本にいる人にあげるよりも、喜んでもらえるコストパフォーマンスの高さは比べものにならないだろう。パリ便に乗ってるあいだは、いつもにましてよく寝た。起きてるあいだは機内エンターテインメントコンテンツのなかのKポップをかたっぱしから聞いてた。どうしてそんなことしたのか、よくわからない。
    シャルル・ド・ゴールには時間通りついたので、よし、これなら今夜の『現在地』に間に合うぞと思いきや、入国手続きやる職員の数の衝撃的な手薄さ。場になんとなくただよう、おいおいどんだけフランスだよ、的な雰囲気。スタンプポンと押してもらうのに一時間半くらいかかった。そいうわけでジュヌヴィリエについたときはすでに芝居は中盤。楽屋で終演を待つ。そしてご自由にどうぞ、みたいに楽屋に置いておいたお土産は、予想通りあっというまになくなった。

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