• 平成二十五年九月十日

    • From : Genève

    横浜の実家を六時前に発ち、六時四十分横浜駅発の成田エクスプレスに乗る。車内で仕事するも、成田エクスプレスって東京駅過ぎてちょっとしたあたりから、横揺れが激しくなってきて、PCに向かってると酔ってきてしまってしんどい。

    今日のジュネーブ行きは、KLMオランダ航空なのでアムステルダム経由。KLMが属してるフライングブルーっていうエアライングループのマイレージがなんだか結構たまっていたので、それ使ってアムスまでの便をビジネスクラスにアップグレードしてみた。今度またこんなことするくらいマイルたまる日は来るのかな。機中では、クェンティン・タランティーノの『ジャンゴ』を見た。

    アムスの空港で乗り換え待ちしてるときにパソコン見たら、ブリュッセルのニードカンパニーのふなやゆみこさん(漢字がわからない)から連絡きていた。今夜とあした、僕らの出るのと同じフェスでニードカンパニーも公演なのだそう。フェスティバルセンターとかで会えるかな。

    五月のブリュッセルのときは空港で矢沢さんの手荷物がなくなったけど、今回は誰にもそんなことは起こらず、つつがなくフェスティバルのお迎えの車に乗って、十五分ほどで、ジュネーブ駅真ん前のホテルへ。当初は街の中を流れる川の瀬に建っているアパートメントがあてがわれるという話で、それ聞いてすごくもりあがってたのだが、そこはお湯が出なくなってしまっているとかいうことで、結局、駅前ホテルになった。腹が減っていたので、数人で駅前のブラッセリーで夕食(不味かった)。

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  • 平成二十五年九月十一日

    • From : Genève

    案の定時差ぼけというやつで、朝の三時台に起きる。読書しながら自然に寝落ちして、その二度寝から目ざめたときには十時過ぎ。朝食を摂りそびれる。

    スタッフは九時から劇場入りしてる。その先発隊から、劇場の洗濯機は自由に使えるという情報を入手したので、洗濯物をバッグに詰め込んで劇場へ。ホテルの目の前の電停から市電に乗って三つ先で降りるだけで着くらしい。でもそれって、すごく近いということなので、公共交通乗り放題のカードはきのうもらっているけれど、歩いてみることに。ジュネーブの駅から少し行くと、レマン湖とローヌ川が接しているあたりにぶつかる。そこからローヌ川に沿って水辺を歩く。しかし、なんとなく、ぐっと来るものがない。どうってことないただの観光地。水面を見て、その感じがなんだかぬめぬめしているなあと思う。流れがものすごくゆるやかだからそう感じたのかもしれない。それとも、水質が硬いからぬめって見える、とかそういうことなんだろうか?
    この、たかだか二十分足らずの、少しだけ遠回りしたホテルから劇場までの道行きで、スターバックスコーヒーをなんと二軒も見つけた。これまでヨーロッパでスタバなんてほとんど見かけたことがなかった。それなのにあっさり二軒も。異例なことだ。熊本なみだ。熊本の市街にも、電車通りをはさんで上通と下通に、それぞれひとつずつスタバがある。
    あ、ここは仕事するのに良さそうだ、というコーヒーショップを通りがかりに見つける。ヨーロッパの香り漂うカフェみたいなところって、おしゃべり、社交の場という感じがして、仕事するのに適してるとは思えない。PC開いて一人で向き合うのに似つかわしいのは、素っ気ないさっぱりした内装のコーヒーショップで、それは別にスタバとかでもいいのだけれども、ヨーロッパでスタバに入るのってやっぱりちょっと敗北じゃないか、という気がするから、今度このコーヒーショップに入ってみよう、と思う。こんなふうにコーヒーショップのほうが仕事しやすいなんていうのは、俺の心性ってやっぱりアメリカナイズされた日本人のそれなんだろうなあ、なんてふうにも思う。

    劇場で作業していたスタッフたちの昼休みが始まる頃に劇場についたので、一緒にランチ。イタリアン。別においしくない。ジュネーブでおいしいものにありつこうとする意欲は断ち切るのが賢明かもしれぬ、という悟りを徐々に開きつつある。

    僕は劇場で洗濯機をまわしたり、書き仕事したりしてすごし、その間も技術スタッフの準備は進む。六時に役者がやってきて、照明や音響と一緒に、シーンをはじめから当たっていく。八時から通し稽古。スピーカーがひとつ動かない、という問題を残しつつ、そんなのはあしたにはなんとかなるのであって、まあだいじょうぶ。
    ブリュッセルでの本番以来、三ヶ月半ぶりに『地面と床』をやる。ここに来る直前の週に、横浜のスタジオで数日間リハーサルをしてはいるけれど、上演の感覚は劇場仕様でやらないとやっぱりわからない。でも今日でだいぶその感覚を取り戻した。役者もそうだけど、僕だってそう。この芝居をつくっていたときに何を見ていたのか、どこにフォーカスを当てて見ていたのか、それをだんだん取り戻した。作品を今以上に育てていくためのダメ出しができるための態勢が、自分のなかに復活した。この感覚を使って、この秋はジュネーブ、ロッテルダム、京都、ダブリン、パリ、ベルリン、アテネ、トゥールーズ、横浜、と『地面と床』の成長につきあう旅をしていくわけです。

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  • 平成二十五年九月十二日

    • From : Genève

    今日は朝食やってる時間に起きれた。朝ご飯会場はホテルの最上階。見晴らしがいい。外を眺めながら食ってたら、視界に入る空の中に四つも飛行機雲があった。すごいなあ、こんなにたくさん……、とはじめは思うも、考えてみればジュネーブは街と空港が近いし、この程度のことは別に驚くにあたらんのだろう。でも空にあんなふうに直線が四つも五つもあるのって単純な話、おもしろいよね。

    きのう目星をつけたコーヒーショップで仕事しようと思って出かけるも、どうしたわけかたどり着けない。通りの名前でも憶えておけばよかったのだが、自分の方向感覚、体内に地図を持つ能力を、過信する余地などないほど低いのに過信してしまった。三、四十分歩き回っても、ルイ・ヴィトンやカルティエが軒を並べているような、ありがち、かつ不本意な界隈に入り込んでしまうばかり。あきらめて、劇場に向かう。その手前で、お腹がすいたしすっかりお昼時になったので、なんとなく良さそうな感じを醸し出している食堂に入ってみたら、ここは当たりだった。値段もお手頃。ランチで十八スイスフラン、というとべらぼうに高く聞こえるかもしれないですけど、ここではそれって相当リーズナブルってことなんですよ。

    三時からリハーサル開始。はじめは技術的なことの調整。それからシーンを頭から返していく。みんな、きのうでだいぶ感覚を取り戻したから、ぐっといい感じになってきた。間隔をおいて同じ作品を上演することへの経験値がだいぶ付いてきていて、本番に間に合うようにきっちり仕上げていくみたいなことに、うちらもうだいぶ長けている。七時までリハーサル。その後夕食をとるために入ったタイ料理のお店は、そんなに美味しくなかった。

    そして九時から公演。満員のお客さんになった。引き締まって、とてもいい初日になった。これからの二ヶ月のツアー、幸先いい端緒。この日はアフタートークもあった。パリの日本文化会館から副島さんが来て話し相手兼通訳をやってくれた。日本の政治とか社会の状況の話に、どうしてもなる。トークのあとは、「テレラマ」っていうフランスのカルチャーマガジンからの取材。

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  • 平成二十五年九月十三日

    • From : Genève

    今日もいい天気。きのうより気温も高くて、上着なんて要らない感じ。午前中は部屋で仕事。合間に食べた駅前のレバノン料理はおいしかった。
    みんなより少し早く劇場入り。というのも今年の三月から四月にかけてジュネーブの、しかも今僕らがやってるのと同じ Théâtre du Grütli という劇場で『三月の5日間』を上演してくれた劇団の人たちと会っておしゃべりする予定があったから。そのときの上演の映像を見せてもらう。生で見たかったな。三週間も上演やってたそうで、それはとても嬉しいというか、羨ましいというか。
    今日の本番前のリハーサルは一時間だけ。でもこうやってツアーの中で作品直しをちびちびとやっていくのが楽しくてたまらん。
    今日は、去年ヴァンクーヴァーで出会って遊んでもらった、マックスという名の謎の日本人量子物理学者が、ヨーロッパで学会があったついでに公演を見にジュネーブに来てくれた。今奥さんの仕事の都合でローザンヌに住んでるニューヨークのフェスティバルのディレクター、マーク・ラッセルも、電車に乗って見に来てくれた。劇場のバーでおしゃべりしてから、終電で帰るマークを見送り、それからマックスに駅の裏側の、スクォッティング(空き建物を勝手に占拠してやってる)バーのあつまる界隈に連れて行ってもらう。ビールの値段が安いし、ノリが気楽だ。居心地がいい。以前ジュネーブの大学で働いていたこともあるマックスが、これまで全然見えていなかったジュネーブの一面を見せてくれたおかげで、どうってことない平凡な街だとしかみえていなかったジュネーブへの印象が、僕の中でがらっと変わる。って、なんか坂口恭平氏みたいなこと書いてますが。。。。来年の夏、ヴァンクーヴァーで二週間くらいワークショップやる予定があるので、マックスとはそこでまた会えるだろう。再会を期して別れる。

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  • 平成二十五年九月十四日

    • From : Genève

    朝食会場に行くと制作の黄木さんがチューリッヒのフェスティバル Zürcher Theater Spektakel のディレクター、サンドロ・ルニンと話してたので、そこに混じる。今年彼はフェスティバルに、去年までバナナ学園純情乙女組だった、そして今年から革命アイドル暴走ちゃんになった二階堂瞳子さんの作品を呼んだ。サンドロは、ラ・フーラ・デルス・バウス(というのはどういうことやってる集団かというとたとえばこれ)を引き合いに出して彼女の作品の話をしていた。
    や、つまりですね、結局、そういうことなんですよね。そういうこと、というのはつまり、まあ、これは当然のことなんですけど、ヨーロッパの人は、ヨーロッパのコンテクスト、芸術なら芸術のコンテクストというのがあり、それにのっとったうえで作品見るんですよ。でそのコンテクストって、ときに僕ら日本人というかアジア人には思いもよらないものだったりもするし、もっといえば、関係ないものなんですよ。
    けれどもですね、たとえばこうしてチェルフィッチュは、今年も秋のヨーロッパツアーをやっているわけですけれども、そうやってヨーロッパでの時間を過ごすこと、ヨーロッパのコンテクストの中に自分たちのつくった作品を置かれるという経験を数多く踏むこと、ヨーロッパで多く仕事させてもらう(有り体に言うと、お金をいただく)こと、それは僕なら僕という個人の、生活とか生計とか人生にとって、否応なしに、決して小さくない部分を占めるのであって、そうなってくると、別に関係ない、とも言えなくなってくる。
    (ちなみに僕はバナナもフーラも名前知ってるだけで、見たことがない)
    おしゃべりの途中でフリー・レイセンが現れた。ジュネーブに来ていると知らなかったから、びっくり。彼女はウィーン芸術週間というフェスティバルのディレクターを来期から務める人であり、『地面と床』の世界初演の場でもあったブリュッセルのクンステン・フェスティバル・デ・ザールを、十数年前に創設した人。今夜『地面と床』を見に来てくるとのこと。同じ会場にいた、マルセイユの劇場のディレクターのことも紹介してもらった。そのディレクター、ユベールさんとは、来月パリでも会うことに。

    部屋に戻って昼過ぎまで仕事。昨夜会ったマックスは、フルマラソンをする人で、きのうその話を聞いたことに影響されたのもあり、また、ちょっと煮詰まってきたのもあって、ジョギングすることに。レマン湖を軽く一周するか、なんて大して考えなしに出発するも、湖を目の当たりにしてそんなの全然無理、と一瞬にして思い知る。湖畔を小一時間走りながら、そういえば去年つくった『現在地』という芝居で、湖のある村を舞台にしたのだけど、あの湖は、ヴァンクーヴァーでマックスに車で連れて行ってもらって山の上から見た入り江のイメージを元にしたんだった、なんてことを思いだしていた。
    ホテルに戻ってお風呂に入って、お腹がすいたので外に出向く。どのへんの通りがいい感じか、くらいのことはだんだん分かってきた。今日食べたインドのカレーは大当たり! ただし、カレーとご飯とビールで四十三フランもした。。。

    今日も一時間ほどリハーサル。そしてジュネーブ場所の千秋楽。最後もとてもうまくいった。フリーがすごく喜んでくれてた。フリーと、ジュネーブにお住まいの日本人の方や、ジュネーブ大学に交換留学中の東京大学の学生さんが、見に来てくれていたので、終演後ロビーで立ち話。スタッフの撤収作業が終わるのを待って、劇場に別れを告げる。
    そのあと数人で、ホテルで部屋飲み。フェスティバルにもらったスパークリングワインをせっかくなので空ける。

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